■■ テ ニ ス の 歴 史 ■■
現代のテニスは正式にはローンテニス (lawn tennis) といいます。
正確には、現代のローンテニスに対して、初期のテニスを「テニス」と呼びますが、
現在は「テニス」というと「ローンテニス」の事を指すのが一般的です。
■■ 紀元前
複数の人間が1つの球を互いに打ち合う球技の起源は、紀元前にまで遡ります。 エジプトでは宗教的な行為のひとつとしてこのような球技が行われており、 古代ローマ帝国にもレクリエーションとして引き継がれました。
■■ 初期のテニス(ジュ・ド・ポーム)
現在のテニスの直接の祖先に当たる球技は、8世紀ごろにフランスで発生し、当初はラ・ソーユ (La Soule)と呼ばれ、
後にフランス貴族の遊戯として定着し、16世紀以降にはジュ・ド・ポーム (Jeu de paume) と呼ばれていました。
これは、ローマ時代の直接の影響よりも、8〜11世紀までイベリア半島から南フランスまで進出していたイスラム教徒(ウマイヤ朝)が宗教的行為として行っていたものに、
キリスト教の僧侶が興味を持ち模倣したことからはじまったと言われています。
(「ラケット」の語源がアラビア語であることからもこのことが覗えます。)
この時の基本的なルールやスコアリング方式はローンテニスとよく似ていましたが、コートは四方を壁と傾斜した天井に囲まれていて、
スカッシュコートに近い雰囲気です。(現存するものは少ないが、イギリスでは復元されたコートがクリフトン大学にあります。)
ジュ・ド・ポームは以下のような特徴がありました。
- 現代のようなラケットは使わず、手のひらでボールを打ち合う。(ジュ・ド・ポームの「ポーム」とは手を意味しています。)
- ボールは皮製で現代のものよりはるかに重く、弾力性は少ない。
- サーブは一方の側からのみ行われ、傾斜した屋根を転がるように打ち上げる。(ゲームの最初の第一球の打ち込みが「サーブ」と呼ばれるのは、レシーバーの従者(サーバント)が第一球を屋根に打ち上げる「サービス」を行っていたことに起源がある。)
- レシーバーは、落ちてきたボールが二度バウンドする前に打ち返す。
16世紀には現在のラケットの原型が登場しましたが、まだガットは張られておらず、ラケットは選手が自作していたようです。
ジュ・ド・ポームの事をいつから「テニス」と呼ぶようになったのかは定かではありませんが、
「テニス」という言葉は、フランス語の「受け取れ」という意味の「トゥネ (tenez)」 に由来します。
これはロイヤルテニスにおけるサーバーの掛け声であり、「サーブするぞ!」 (I am about to serve!) ということを意味します。
■■ 現代のテニス(=ローンテニス)の始まり
1873年12月、ウォルター・クロプトン・ウイングフィールド少佐が、イギリス・ウェールズの所有地でガーデンパーティーを開いた時に、
招かれた客を楽しませる余興として、ジュ・ド・ポームを基にしたローンテニスを考案しました。
現代のテニスに比べ、コートは中心部分が細くなっている蝶ネクタイ型をしていました。
1874年、少佐はテニスに商用としての可能性を見て特許を取得したが、商業的には成功しなかったものの、
イギリスやアメリカで有閑階級を中心に急速に広まりました。
そして遂に、1877年にロンドンで第1回目のウィンブルドン選手権が開催されました(当時はアマチュアの大会だった。)。
1881年には、アメリカ国立ローンテニス協会(今のアメリカ・テニス協会)が、ルールを標準化し、かつ競技を組織化しました。
その年に最初の全米のシングルス選手権(現在の全米オープン)が開催された(女子は6年後)。
1891年には、フランス選手権(現在の全仏オープン)、1905年にはオーストラレーシア選手権(現在の全豪オープン)が開催され、
創設からわずか約30年後には現在の四大大会の原型も揃っていました。ちなみに、デビスカップは1900年から毎年開催されています。
